人物

台北高等学校の学生たちは、基本的に「エスカレーター式」に日本全国の大学に進学できました。台北高校に入学することは、つまリ帝国大学に入ることを約束されたようなものだったのです。そのため競争は熾烈さを極め、台湾人生徒に関しては、尋常科で毎年4名、高等科では30名しか入れなかったため、「台湾ーの難関校」と見られました。

狭き門をくぐった選ばれし人の中には,卒業後各分野で成功をおさめた人が数多くいます。台湾前総統の李登輝をはじめ、五院の院長及び副院長を勤めた人物、例えば行政院副院長の徐慶鐘、司法院院長の戴炎輝、副院長の洪寿南、監察院副院長の周百錬、立法院院長の劉闊才、考試院副院長の林金生。部長級では許子秋、施純仁、市民投票で選ばれた市長である黄啓瑞、頼順生、陳新安、陳錫卿、監察委員や裁判官を勤めた蔡章麟、周財源、洪遜欣、陳世栄。実業界では、辜振甫、林挺生。全国的に名を知られた学者として、医学界で魏火曜、李鎮源、林宗義、経済学の分野では張漢裕。著作の世界では邱永漢、王育徳。台湾語研究で曹欽源、文学界で黄得時、張冬芳、その他黄彰輝、頼永祥、陳五福、郭維租、辜寛敏など、著名な人物の名前がずらリと並びます。